雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

枯木灘/中上健次


血縁と抒情の饒舌・物語の魔力

枯木灘 (河出文庫 102A)

枯木灘 (河出文庫 102A)


これを薦めたのは大学の頃の友達だ。大学は違うが共通の趣味で知り合った。お互い音楽や本の事を語り合った。大学生とはそういう時間を過ごすものだと思っていた。もう今ではどんな話をしたのか忘れているが、中上健次の「枯木灘」を薦められたのだけは覚えている。だが、フランス文学にかぶれていたその頃の自分は、買うだけ買って、なかなか読めずに過ごしてきてしまった。むしろ、短編集から中上健次の物語世界に惹きつけられてきたのだが、改めて読むと確かにこの本は傑作だと思った。血縁にこだわり、土地にこだわり、物語にこだわり、それが物語の魔力となって世界を形作っている。ここに描かれている熊野は尋常では無い力に溢れている。中上健次の言葉に酔うように、熊野を目指して夜明けからバイクを走らせ、那智勝浦の温泉に浸かったのも、もう10年近く前のことだ。大学生の頃にこの本を読んでいたら、きっとバイト代で青春18切符を買って、夜行列車に乗って、熊野を目指したと思う。言葉は現実を写し取るだけのものではなく、世界を作るためのものでもある。物語は酔うだけのものではなく、現実を錯乱させる魔力を放つ。中心と周縁、トリックスター、そんな文化人類学的なタームでは解説しきれない、この本そのものの魅力に酔うのだ。