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雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

告白/ジョージ秋山

コミック


嘘も本当も

告白 (傑作未刊行作品集 (004))

告白 (傑作未刊行作品集 (004))


この作品は何度読んでも痛々しい。
ジョージ秋山は「浮浪雲」のような人生を達観したような作品もあれば、「銭ゲバ」のような人間の醜さを醜いままにさらけ出すような作品もある。
この作品は、友人を殺したと告白したかと思うと、次の回には否定する、実は父の友人を殺したのだと告白したかと思えば、次の回では否定する、といった虚実を繰り返して、最後は連載を放り出したという、いわくつきの作品らしい。
ストーリーがどうとか、コマ割りがどうとか、そういったマンガを語る言葉ではないところに連れ去られてしまう。
マンガにしか出来ない表現かというとそうでもない。
表現の枠組みとしての嘘の告白、というのは太宰治とかにもあったと思う。
だけど、この作品を読んでしまうのは、真実を知りたいからではないし、告白を聞きたいわけでもない。
おそらくこの作品では、ワタシという人間を他の作品の作中人物として構成しようとしたことの葛藤なのだと思う。
徹底的にワタシを醜い人間として描いてみるために、嘘の告白をしてみるのだが、それでは満たせないので否定してみる。
否定することでの醜さをさらに上塗りしてみる。
醜いワタシに対して肯定してくれる存在を探す、というか、探しているふりをする。
そんな表現の揺れ動きの軌跡なのだと思う。
そしてその揺れ動いている表現に惹かれているのだと思う。
ともあれ、ジョージ秋山の描く人間の醜さは、ときどき読みたくなるのだ。
ココロのどこかでそれを忘れてはいけない気がするからなのかもしれない。