雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

殉教/三島由紀夫


もしも

殉教 (新潮文庫)

殉教 (新潮文庫)


なんといっても三島由紀夫の俗悪さが好きだ。
扱っているテーマはゴシップだったり、安っぽいセンチメンタリズムだったりする。
華麗なレトリックの高級店風の包装紙で包んでいても、中身はスーパーの特売品的なありようが好きだ。
この本は短編集だが、ここにあるのは既存の小説の枠組みの中でのアレンジメントであり、まさに古典的な小説のありようだと思う。
ある意味、危うさとか、破綻しそうな感じとか、そういうのは無いと思う。
この短編集を読んで思うのは、小説家と小説は別ものだということ。
ミシマ本人が自決したこと、そこに至るまでの社会行動と、作品に描かれている古典への憧れや、枠組みの中での完成を目指すありようや、少年時代への憧憬といったものとは関係が無いのだと思う。
もしかすると、関係が無いことに耐えられなかったのかもしれない、と想像する。
ポップスターとしてのミシマというのはあり得ただろうか?
CMタレントとしてのミシマ、雑誌でチョイワルモデルとして写るミシマ、ワイドショーのコメンテーターとしてのミシマ、バラエティ番組ではしゃぐミシマ・・・
作品からはそんなことを想像してしまう。