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雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

銭湯読本―The New Life With SENTO

アート


遠い記憶・甘酸っぱさ・そしてその後・忘れること・忘れ去られること

銭湯読本―The New Life With SENTO

銭湯読本―The New Life With SENTO


銭湯は消え行く存在だという。
この本が出た2002年時点で、全国に6,000軒あったが1日1軒のペースで消えているという。
子供の頃は確かに銭湯に行った記憶がある。
その頃の祖父の家には風呂が無く、泊まりに行くと銭湯に行った。
湯冷めしないうちにと、古い家の天井を見つめながら眠りにつく。
遠くで貨物列車が汽笛を鳴らして鉄橋を渡る。
町工場の油の匂いと、古い木造の家の独特の匂いと、ひんやりとする綿の布団。
この本を読んで、そんな昔の記憶が蘇る。
そんな昔だけでもなく、荻窪辺りに下宿していた同級生は銭湯に通っていた。
中央線沿線は今でも銭湯があるのだろうか?
祖父の家の近くの銭湯は、バブルの頃に無くなった。
銭湯が無くても困る人は少ないのだろうか?
わざわざ電車に乗って銭湯に行く、という話を聞いたことがある。
需要が無いから消え行くのか、消え行くものは忘れ去られるのだろうか?
銭湯のスタイルを紹介しているこの本だが、やはり日常との乖離は否めない。
非日常としての銭湯であるということは、消え行く運命にある、ということなのだと思う。
個人的には銭湯は好きなほうだ。
夕方の早いうちから、人気の無い大きな浴槽に浸かるのは気持ち良い。
籐の椅子に座って扇風機の風に当たるのも良い。
だが、今の生活にそれはフィットしないのだ。
いままでに切り捨ててきた何かを象徴している