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雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

戦後短篇小説再発見10 表現の冒険


家とか父親とか

戦後短篇小説再発見10 表現の冒険 (講談社文芸文庫)

戦後短篇小説再発見10 表現の冒険 (講談社文芸文庫)


短編小説というジャンルに、日本文学「らしさ」がある、という視点に基づいて、様々な作家の作品を集めたアンソロジーである。
その切り口自体は編者たちの考えに基づくため、全て揃えて観るという考え方もあるだろう。
一方で、その切り口はともかく、集められた作品の味わいだけに妙味を見出すこともあるだろう。
どちらかというと後者の興味で、この巻だけ買った。
いわゆる奇譚モノ、前衛モノ寄りのコレクションと言えるかもしれない。
現在における前衛とは何か?既に死語じゃないのか、という議論を踏まえて、「表現の冒険」というキャッチコピーはどうなのか?という気がしないでもない。
だが、内田百けん笙野頼子安部公房半村良稲垣足穂といった作家が集められているのは、やはりちょっとくすぐられる。
解説でも語られるように通底しているのは、「家」という概念の解体とも読めるが、編者の意図しないところで「父性」が通底しているような気がする。
それが、変化しないとかしてきたとか、そういう次元ではなく、「父性」という足がかりに語られる物語、つまり前提としての父性の強さのようなものが、そこにあったのではないだろうか?