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雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

東京日記/リチャード・ブローティガン

東京


リチャード・ブローティガンという詩人は、日本でもそれなりに知られていて、わりと翻訳もされている。(その割にはあまり本屋では見かけないのだが)
ビート・ジェネレーションとヒッピー文化の間ぐらいに、人気があったようだがリアルタイムでは知らなかった。(生まれる前か、子供だったか)
ブローティガンの詩は短く、何かを謳いあげるのではなく、そっとつぶやくように描かれる。
その短い言葉の中に、哀しみや喜びや孤独、絶望といった感情の、細やかな襞のようなものが織り込まれる。


まえがきにもあるが、1935年生まれのブローティガンは、太平洋戦争の時期は子供であり、叔父を戦争で亡くしている。
日本は敵国であり、文明化の遅れたサルのような人々の国で、それを正す戦争だと思っていたらしい。
だが、終戦後、日本文化に触れ、理解を深めていき、俳句にも影響を受け、その詩のスタイルにも取り込んでいる。
この本は、そんなブローティガンが、独りで東京に滞在して、日記代わりに詩を綴った、という本だ。
ブローティガンは日本語を話せないようだが、街をぶらぶらし、呑み屋に行き、パチンコをやり、日本の女の子とちょっと仲良くなったりしている。
これが日本でございます、といった観光地にはあまり行かなかったように見える。(行ったのかもしれないが、作品には出てこない。)
滞在していた1976年6月の東京は、どんな感じだったろうか?
私の子供の頃の記憶では、まだ電信柱や電線がたくさんあり、隅田川は汚れていて、窓を閉めた電車の中にも匂いが漂った記憶がある。
公害問題が騒がれて、光化学スモッグ注意報が発令されたり、日暮里駅前のロータリーでは大きな電光掲示板に騒音が何dB、窒素化合物が何ppmとリアルタイムに表示されていたと思う。
だがブローティガンの視線はもっと私的で、良い意味で近視眼的で、例えて言うなら、建物を見るのにそのものを見るのではなく、壁の質感が、とか、影の形が面白いといったところを見ている気がする。
あまり地名が出てこないが、例えば、日曜の午後の雨の銀座の裏通りだったり、新宿の中華料理屋の前の猫だったり、夜明けの明治神宮の木々だったりする。
行間からは孤独な異邦人としての姿が透けて見える。
だが、それすらも詩情を感じさせてしまうのが、ブローティガンの詩の魅力だろう。
私はこの本のそういったところに惹かれたような気がする。
詩を読むことにはいろんな意味があるが、ブローティガンの詩に触れることで、気持ちをリセットできたり、楽に息ができるようになる気がしている。
そしてそれは、ブローティガンが孤独を楽しみ、細やかな感情の襞をそっと差し出していることを、受け止められる状態かどうかの指標なのかもしれない。


残念なことに、これがブローティガンの最後の詩集なのだという。
(1984年に自殺した姿が発見された)
いま、ブローティガンが東京に訪れたら、どんな詩を書くのだろうか?
やっぱり孤独でちょっとクスッとする短い詩を書いたような気がする。


東京日記―リチャード・ブローティガン詩集

東京日記―リチャード・ブローティガン詩集