雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

ガリヴァ旅行記/ジョナサン・スウィフト


この本もまた図書館で借りた本である。
子供でも知っている「ガリバー旅行記」なのだが、改めて読んでみると、これが何とも言い難い。


まずこの物語は、作者であるジョナサン・スウィフトの生きていた18世紀のイギリス(アイルランド?)社会を諷刺しているらしい。
だが諷刺している対象が何であるか、どうやらイギリスの政治状況であったり、社会状況であるらしいのだが、解説を読まないと判りづらい。
読み手の不勉強に起因しているとも思うが、いずれにしてもストレートには伝わってこない。


物語としては
 リリパット国渡航記
 ブロブディンナグ国渡航記
 ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記
 フウイヌム国渡航記
の4章に分かれている。
いずれの国も、主人公であるガリヴァーは望んで訪れたのではない。
遭難などにより、偶然にその世界へ放り込まれる。
だが、そこから出てくることは、止むを得ない事情という必然がある。
それぞれの章における始まりは偶然であり、終わりは必然である、というアンバランスが存在する。
更に、物語全体の始まりは未知の世界へ意気揚々と出かけていったのに、終わりに人間への失望を抱えて隠居してしまっている。
何かを求めて出かけ、意図しない世界に放り込まれたかと思えば、そこを出ざるを得ない状況になる、というシークエンスを繰り返し、現実逃避へと至るのである。
そこにはスウィフトの厭世観が現れているのだろうか。
また糞尿へのこだわりが随所に見られる。
というか、必ず語らずにはいられないようだ。
今ひとつのめり込めない、笑えないのはなぜだろうかと思う。


ガリヴァ旅行記 (新潮文庫)

ガリヴァ旅行記 (新潮文庫)