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雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

ハイスクール1968/四方田犬彦

東京

この本もまた図書館で借りた本である。
1968年という年がどういう年であったのか、それはその時を生きた人間が語るべき事柄であり、そこに居なかった人間が何をか語っても、行ったことのない土地の旅行記のようなものではないだろうか。
著者は1968年には高校生であり、その日々が綴られる。
だが、四方田犬彦のエッセイは、様々な深度で語られてゆくのが特色だと思うのだが、この本もまた、ただの思い出話というだけではない。
高校生の学生運動と挫折、しかもそれは観念の魔物に魅入られる距離からは少し離れて、そして高校生であるが故の子供っぽさが透けて見える。
本文にも出てくるが、村上龍の「69」をふと思い出した。
政治闘争の高まりと近づきつつある閉塞感は、実感としては判らないが、この本からそれが伝わってくる。
高校生の頃の意味もない焦燥感やくだらなさ、それはこの本を読んで思い出した。
そして、自分の年齢を思い出し愕然とする。

ハイスクール1968 (新潮文庫)

ハイスクール1968 (新潮文庫)