雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

家族、私有財産および国家の起源/フリードリヒ・エンゲルス

いまさら説明するまでもなく、エンゲルスの主著だろう。
なぜにいまさらこの本を読むのか。
それを考えた際に、自分に対して以下のルールを適用することとした。

1.政治的な意味合いは考慮しない
マルクス主義の政治的思想的テクストとして読むのではなく、文化人類学的なテクストとして読むこととする。
2.精読しない
可能な限りすばやく読み、キーワード的なことに注目する。
3.この著作に関する他人の情報をインプットしない

そうしてこの本を読むと、何が見えてきたのか。

まず、動物から文明への段階発展をエンゲルスは想定する。
時間軸を追って「野蛮」「未開」「文明」という、言わば進化論的なモデルを想定する。
その上で「家族」に対する記述へと進む。
ここにおいて、婚姻形態と家族の呼称に着目し、そこに集団婚的なイメージを想定し、そのバリエーションを展開する。
世界各地の様々な民族の事例や、古代ギリシア、ローマ、ゲルマンなども紹介される。
そして、それらの事例が、先に述べた段階発展モデルの中へと位置づけられる。
つまり、各民族の文化、生活様式のひとつである家族形態というものに対して、空間的な広がりの多様性として捉えるのではなく、抽象的観念的な発展モデルの断面としてそれぞれを位置づけている。
エンゲルスが行っているのは、空間の差異を、時間の差異として、変換しているのだ。
この操作は意図的であるにせよ、かなりいかがわしいやり口だと思う。
また、紹介する事例はその形式を紹介しているに過ぎず、その意味を探ることが欠落してしまっている。
例えば、兄妹婚の事例が存在する、としながら、そこに込められた民族の神話的、象徴的な意味は言及されない。
近親婚に関するタブーは、タブーとして存在し、それを破ることが共同体にとっての意味が存在すると思うのだが、そういった各事例を存在すると報告するだけで、そこに込められている物語、文脈が致命的に欠落してしまっている。
さらには家族形態の段階発展モデルを通じて主張したいことが、不明確になっている。
母権社会から父権社会への革命があったはずだと主張したり、文明段階における女性の地位が不当だと言ってみたり、女性の不倫(中世ヨーロッパしか引き合いに出さないのだが)について言及してみたり、これは、権力の話なのか、文化の話なのか、モラルの話なのか、焦点がぼやけてしまっている。
終いには、文明段階における女性の自由がもっと認められるべき、と述べた後、それがどんな社会になるか判らないと閉めているのには、ひっくり返りそうになった。
「家族」の次は諸民族の分析が延々と続くが、それは例外的にアメリカ先民族があるものの、古代ギリシア、ローマ、古代ゲルマンといった射程である。
アジア、アフリカ、アラブといった辺りは完全に無視されている。
このあたりは読み飛ばしてもあまり差し支えなかった、とあとで思った。
なぜなら、九章にそれらのまとめと、理論的展開が繰り返されるからだ。
どうやら、エンゲルスは氏族的社会の崩壊と商人の台頭、国家の出現を、「文明」のメルクマールとして考えているようだ。
だがその説明はあまりにも雑な気がする。
まず、生産の余剰はなぜ生まれるのか?
それは生産手段の発達によるものであり、生産性の向上によってもたらされるようだが、では、生まれた余剰をなぜ交換するのか、という説明はない。
そもそも余剰は交換されるべきものなのだろうか?
バタイユを通過してくると、まずは生産ありきではなく、まず消費、蕩尽、交換ありきではないかと考えてしまう。
つまり、物の交換だけでは説明できない、欲望の交換を想定する。
だいいち余剰であれば、そもそも交換価値は無いと思わないだろうか?
誰が他人の食べ残しを欲しがるのか?
猿蟹合戦で、お結びと柿の種はなぜ交換できたのか、そこを考えれば答えは見つかるだろう。
また、国家を氏族を超えた紛争の調停者として想定していながら、民衆を抑圧する存在になるのかの説明もない。
私有財産については、人間の卑しむべき欲望として、議論の余地すらない。
エンゲルスが目指したのは、「野蛮」から「文明」に至る歴史モデルの構築と、その最先端に位置づけられるべき社会の想定、なのだろうというのが、読み通した感想である。

結局のところ、前提としておいた読み方では、エンゲルスの考えを汲み取れないということなのだ。
まずは、自らを文明の担い手として自認し、世界の各民族との空間的隔たりを時間的隔たりに変換し、観念的な文明の成長モデルを強固にすることで自らの正統性を示す、という論理を身につければ共感できるのかもしれない。


家族、私有財産および国家の起源 (国民文庫 (12))

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家族・私有財産・国家の起源―ルイス・H・モーガンの研究に関連して (岩波文庫 白 128-8)

家族・私有財産・国家の起源―ルイス・H・モーガンの研究に関連して (岩波文庫 白 128-8)