時として勘で本を選ぶ。
本との出会いを偶然に委ねてみる。
この本は本屋の店頭で平積みにされていた。
民俗学者である宮本常一が、全国を歩き回って、古老の話を集めた本である。
昭和初期の頃の本らしく、古老たちは明治維新を記憶している。
彼らは百姓、馬喰、大工、在野の知識人といった人々であり、歴史の表舞台に登場するような人物たちではなく、どこにでもいそうな経歴の人々である。
だが、語られる話に、あっという間に引き込まれてしまう。
なぜ引き込まれてしまうのか?
語られている世界は、古い日本のとある一面に過ぎない。
そこに憧憬を抱いているわけではない。
明治以前の、交通、水道、電気、ガス、職業、教育といった社会インフラが整備されていなかった反面、人々のつながりが濃厚で今は失われてしまった心の交流があった、などとは考えない。
そして、著者自身も美化するような描き方をしているわけではない。
むしろ淡々とレポートしているだけであり、著者は読者の耳目に徹しようとしているかのように思えた。
それではなぜ引き込まれるのかと言えば、それは語り口になのではないか、と思った。
登場する人々は、文字に頼らず、むしろ口伝で生きてきた人たちなのだと思う。
他人とコミュニケートするための主たる手段は、話すことと聞くことであり、書くことと読むことはさほど重要ではない。
つまり、話すことにおいて洗練されたセンスを持っていたのではないだろうか。
話の内容の真偽は何とも判らない。
だが、その話しっぷりに魅力があるように思った。
- 作者: 宮本常一
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1984/05/16
- メディア: 文庫
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