雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

神隠し/小松和彦

そういえば、『神隠し』という言葉をあまり聞かなくなった気がする。
以前は聞いていたのかと言われると、そうとも言い切れないが、やがて忘れられてゆく言葉のような気がする。
だが、遠い昔に『神隠し』はあったのだ。
家族や知人が不意に姿を消し、忘れた頃に戻ってくる、或いは戻らずに行方不明になる、或いは無残な姿で発見される。
この本では、神隠しを様々な角度から分析し、社会におけるその意味を解読してゆく。
神隠しとは、どのような事象なのか?
神隠しに遭うのは、どのような人物か?
神隠しに遭って何処へ行くのか?
誰が神隠しを行ったのか?
そして、社会において神隠しという事象で説明される事件の意味とは何か?
やや性急な議論ながら、神隠しとは、社会的な死と再生であると説明される。
事件を人間社会の内部における因果関係に説明を求めるのではなく、人間社会の外部に存在する異界に仮託する。
過酷な現実にベールを掛け、残されたもの悲しみを中断させる。
神隠しに遭った者の、異界体験を不問に付し、過去はなかったことにされる。
つまり、真相のわからない(あるいはわかって欲しくない、あるいはわかりたくない)事件は、『神隠し』を通すことで社会的な死として完結される一方、戻ってきたものはそれまでの時間を『神隠し』として片付けることで社会的な再生が実現される。
まさにそれは、神隠しという言葉自体が漂わせる、恐ろしくも甘美な、両面性のようではないだろうか。

神隠し―異界からのいざない (叢書 死の文化)

神隠し―異界からのいざない (叢書 死の文化)