雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

世界の真上で/ポール・ボウルズ

もう10年ぐらい前のことになるだろうか。
後輩とこんな会話をしたことがある。


「最近、何か読んでますか?」
「そうだねぇ、ボウルズとか…」
「どんな話なんですか?」
「一見、平和そうな主人公たちが、酷い目に遭うっていう、救いの無い話」
「…何でそんな話を読むんですか?」
「うーん、何でだろうね…」


この物語は、老いた夫と若い妻のアメリカ人夫婦が、中米(メキシコ?)を旅行しているところから始まる。
そこに騒がしいフランス人女性が絡み、ちょっとしたトラブルめいたことに巻き込まれる。
それを抜けたかと思うと、中米の裕福な青年が近づいてくる。
彼には17歳の子連れの愛人がいる。
愛人はマリファナをひっきりなしに吸い、パリに帰ることを夢見ている。
彼と愛人に関わっていくうち、夫婦は幻覚に襲われ、どこだかわからない場所を連れまわされ、軟禁状態に置かれる。
やがて正気を取り戻すのだが、旅の記憶を失っていることに気づく。
それは彼の仕組んだドラッグやテープレコーダを使った策略なのだが、夫婦は疑惑を抱きつつも、彼の策略から逃れられない。
主人公の夫婦には悲劇が訪れたことが暗示される。
ボウルズの物語は、読み終わると何ともいえない後味の悪さが残る。
この物語もそうだ。
いったいこれは何の話なのだろうか?
登場人物たちは、ただ失われていく。
アメリカ人夫婦も、フランス人女性も、ある目的のために彼らを破滅させる青年も、失うだけで救いがない。
彼の愛人はパリへ旅立つが、そこに救いはあるのかどうか。
ボウルズがこの物語に込めたのは、この世界の不条理さではないだろうか。
救いようがなく、ただ失われてゆくだけ、そんな気がする。


世界の真上で (ポール・ボウルズ作品集)

世界の真上で (ポール・ボウルズ作品集)


(Bの読書、4冊目)