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雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

怪奇小説傑作集4 フランス編

アンソロジー

持っていたはずなのに、本棚に見当たらない。
いつの間にか処分してしまったのだろうか?
ということで、図書館で借りてみる。
本当にこの本は読んだことがあったのだろうか?
どの短編も記憶にない。
この本に辿り着く前に、新潮文庫の3冊揃いの短編集を読み通していたはずのモーパッサンの「手」ですら覚えていない。
記憶に残らない程度の本だったのかと言うとそうではない。
マルキ・ド・サドに始まり、レオノラ・カリントンで終わるこのアンソロジーは、18世紀から20世紀に至るちょっと斜に構えた小さなフランス文学史のような趣さえあるように思った。
澁澤龍彦氏が編み、各作品のみならず、簡単な時代背景を含めた解説も読み応えがある。
だが、氏自身も解説に記しているが、怪奇と言うよりは幻想、奇想と言う方がふさわしいようだ。
その上、怪奇はイギリス、幻想はドイツが本家であり、それらの影響を受けつつ、人間臭さが抜けないのがフランス文学の特徴とまで解説してくれている。
澁澤的な視点で、解説を参照しながら、収められた作品たちに触れるのも一興ではある。
だが、アンソロジーを編むという作業そのものにおいて、アンドレ・ブルトンの「黒いユーモア選集」の影響が強い点が気になった。
解説でも何度か、「黒いユーモア選集」のことが登場する。
どうやら、アンソロジーを編むという手法を、この本で試したのではないだろうか?
(或いは依頼に基づいて、試行したのかもしれないが)
詳細な著作年表などは持ち合わせていないのだが、いま手元にある澁澤氏が編んだアンソロジーの初版年を並べてみる。


 怪奇小説傑作集4 : 1969年
 暗黒のメルヘン  : 1971年
 幻妖のメルヘン  : 1972年


つまり、この本において、澁澤氏はアンソロジーを編む手法を習得したのだろう。
そしてそれを、日本文学に展開して行ったようにみえる。
(あるいは、そのような依頼が舞い込んだのかもしれない)
「暗黒のメルヘン」は近現代、「幻妖のメルヘン」は古典と近代がターゲットである。
文筆家として、エッセイを中心に著作を出すのは、云わば、ありふれた普通の活動であろう。
だが、書かずとも何かを伝えられる、アンソロジーを編むという活動の確立と展開が、この本を作成した頃に行われたのではないだろうか?
そして、80年代以降のアンソロジーは再度、手法が見直されることになるのだが、それはまた別の本の話である。


怪奇小説傑作集4<フランス編>【新版】 (創元推理文庫)

怪奇小説傑作集4<フランス編>【新版】 (創元推理文庫)


目次を写しておこう。
マルキ・ド・サドロドリゴあるいは呪縛の塔」
シャルル・ノディエ「ギスモンド城の幽霊」
プロスペル・メリメ「シャルル十一世の幻覚」
ジェラール・ド・ネルヴァル「緑色の怪物」
ペトリュス・ボレル「解剖学者ドン・ベサリウス」
グザヴィエ・フォルヌレ「草叢のダイヤモンド」
テオフィル・ゴーティエ「死女の恋」
バルベエ・ドルヴィリ「罪のなかの幸福」
アルフォンス・カル「フルートとハープ」
エルネスト・エロ「勇み肌の男」
シャルル・クロス「恋愛の科学」
ギー・ド・モーパッサン「手」
アルフォンス・アレ「奇妙な死」
ジャン・ロラン「仮面の孔(あな)」
アンリ・ド・レニエ「フォントフレード館の秘密」
マルセル・シュオッブ「列車〇八一」
クロード・ファレール「幽霊船」
ギヨーム・アポリネール「オノレ・シュブラックの消滅」
ポール・モーラン「ミスタア虞(ユウ)」
アンリ・トロワイヤ「自転車の怪」
レオノラ・カリントン「最初の舞踏会」