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雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

タイムマシン/ハーバート・ジョージ・ウェルズ

物語 追憶

2013年の読初めは、H・G・ウェルズのタイムマシンから始めよう。
この本は、中学生の頃、小岩の古本屋で100円で買った。
今もあの古本屋があるのか判らないが、小遣いを握り締めてチャリを飛ばして、買いに行った思い出がある。
街中にある小さな古本屋で、間口も奥行きも二間ぐらいだったろうか。
本の数はそう多くないが、あまり平積みなどはせず、小奇麗に棚に並べられていた記憶がある。
奥のレジの横にはガラスケースに入っていた本もあったと思うが、一体あれは何の本だったのだろう。
中学生の小遣い程度で買える本は、店内になんか無い。
店先に並んだ平台を片っ端から眺めて、何か面白い本は無いかと探していた。
もっとも、何が面白いかなんて判っているはずもなく、ただひたすらに勘で眺めていたに過ぎなかっただろう。
話が逸れた。
この本に収録されているのは
 タイムマシン
 盗まれた細菌
 深海潜航
 新神経促進剤
 みにくい原始人
 奇跡を起こせた男
 くぐり戸
の7篇である。(改版で入れ替えが無ければ)
読み返してみると、やはりウェルズはSFの古典とされるだけのことはあると思った。
発想の奇抜さといい、話運びの上手さといい、SFという括りでなくても、物語としての確かだと思った。
そして改めて読み返してみても、「タイムマシン」と「くぐり戸」の2篇に心動かされた。
というのは、記憶の中でも、この2篇はとても印象深かったのだ。
「タイムマシン」は映画化もされているから、改めて粗筋など書く必要も無いだろう。
80万年後のエロイとモーロックに二極化した人類の姿、そして、太陽が赤色巨星となった頃の地球に訪れる夕暮れの景色、それらが記憶の中の空想に刻まれている。
中学生の頭では理解できなかったであろうディテールとしては、背景に共産主義に対する皮肉めいたものが見え隠れしている。
「くぐり戸」は、人生ののっぴきならない場面になると現れる緑の扉について、主人公に告白した政治家の友人の話である。
なぜこの物語が記憶に残ったのだろうか。
そこに現実逃避への嗜好が芽生えていたのかもしれない。
ともあれ、やはりこの本は処分しなくて良かった。

タイムマシン (角川文庫)

タイムマシン (角川文庫)