雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

世界がもし100人の村だったら


伝承とか噂とか

世界がもし100人の村だったら

世界がもし100人の村だったら


今さらながらに読み返してみる。
その内容はともかく、この話の広まり方は興味深い。
ここにあるのは、全人類の縮図としての100人の村なのだ。
その中で自分は、どこにいるのかを問いかけられ、それは凡そ「満たされた者たち」であることを再認識し、「満たされない者たち」への配慮を促される。
ここにあるのは、誰かを傷つけようとする悪意ではない。
そしてそれが、インターネットによって広まり、デザインされた本として出版される。
「広めよ」「行動せよ」という暗黙の指示で、この情報は伝わってゆく。
それは誰かの指示かもしれないし、そうではないかもしれない。
だけど、メッセージを受け取った者の「善意」によって、この情報は伝わってゆく。
(こうして僕も加担している)
しかし、ふと考えてみると、どんな情報も似たようなものかもしれない。
つまり、誰かの指示ではなく、メッセージが指示しているのだろう。