雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

充ち足りた死者たち/ジョイス・マンスール


充ち足りた死者たち

充ち足りた死者たち


ジョイス・マンスールはWW2後のシュルレアリスムの詩人、小説家である。
この本は第一短編集である。
表題作の主人公の「マリー」は「暗殺者」に傅き、殺されるためにそれまでの世界の全てである<北アフリカ人>ホテルを出る。
女性的なるものの本質は、その被虐性にあるというのが主人公の考えなのだが、その実は二人の関係性における権力は「マリー」にある。
省略された暗喩や直喩で語られる描写はポルノ小説にも似た快楽の独白であり、傅くという行為に導いているのは「マリー」である。
生命をも掌握する「暗殺者」が主導権を持っているという構図の、その悦びの主導権は「マリー」である。そしてその悦びでしか、物語は語られない。
そして「マリー」の望んだときに殺され、その後に「暗殺者」は路上で野垂れ死ぬ。
また、この本に収められている「肉腫」は短いながらも、甘美な物語である。こちらは表題作ほどの性にまつわる独白ではないが、「瘤」に魅せられた「唖」の少年が口が利けるようなるまでの物語である。「瘤」や「唖」に対するフェティッシュな記述が性的なものを高めている。
タイトルの「蟹」が何であるかは読んでみると判る。
忘れてはいけないのが、挿絵がスワンベルクであり、邦訳の装丁は野中ユリである点も見逃せない。