雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

百年の棲家/松山巌


いごごちのわるさ

百年の棲家 (ちくま学芸文庫)

百年の棲家 (ちくま学芸文庫)


文明開化で始まる近代の歴史と消えていく東京の建築物、町の風景から人々の暮らしを辿って行く、といった感じだろうか。
この本がただのノスタルジーと異なるのは、「棲む」ということへのこだわりであるような気がする。
「棲む」ことの意味合いが変遷していることを、住宅政策と人々の暮らしの変化の両面から切り込んでいく。
所謂、教科書的な近代史だけでは表しきれていない、微細な歴史が立ち上がってくる。
著者は、そこには餓えの歴史があるのではないか、と指摘したり、家族が社会から切り離されて2DKに閉じ込められてゆく、と言ってみたり、空家の時代と言ってみたりするのだが、どうにも居心地の悪さが残っているようだ。
逆説的に、その居心地の悪さの発見が、この本がただのノスタルジーとは大きく異なる点かもしれないとも思う。