杉浦日向子が雑誌に掲載していた全国各地の銭湯を巡るエッセイ。
とは言え、ただ銭湯を紹介するのではなく、そこを利用する人々、ひいてはその町を観察している。
その上、江戸弁的な言葉を駆使して、駄洒落や脇道に逸れたりと、決して読みやすいものではないと思う。(それは韜晦なのかもしれない)
銭湯に入りに来る女たちの身体の描写、お湯の使い方、何気ない会話、そんなものがメインだろうか。
幾重にも懸けられたヴェールのような言葉を剥がしてゆくと、そこには杉浦日向子の死生観やコミュニケーションのあり方のようなものが見えるような気がする。
ことある毎に江戸を引き合いに出して語っていたのは、ノスタルジーに浸ることではなく、日々の根底に潜む不安や不満に対してパラダイムシフトを主張していたのではないだろうか。
江戸が決して住みやすい世界だったのではない。
結局は、そこで生きている人々の心のありようが、世界の見え方を決定しているのだといえる。
そして、銭湯とそこに出入りする人々の姿から見えるその町の空気のようなものを観察すること、そこには儚い浮世と対峙するのではなく漂うように生きている姿が見えてくるが、決して能天気なだけではない深くて暗い闇の匂いがする。

- 作者: 杉浦日向子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1998/08
- メディア: 文庫
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