雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

芭蕉臨終記花屋日記/文曉

大阪の花屋仁左衛門の裏屋敷で、最期を迎えた松尾芭蕉の様子を、弟子たちが記した日記。
という体の、偽書だそうだ。
つまり、弟子たちの本物の記録から、文曉が再構成し、創作した物語である。
この本には、「花屋日記」の他に付録として、其角「芭蕉翁終焉記」、支考「前後日記」、路通「行状記」が収められている。
付録の其角らの文章が記録や、心情の吐露に近いのに対して、「花屋日記」はドラマ的であり、登場人物である芭蕉の門人たちの戸惑い、諍う姿、そして衰え行く芭蕉自身の描写、門人に辞世の句を乞われるが否定し、無常を生き抜こうとする姿が描かれている。
まるで、複数のカメラで全体を俯瞰したり、誰かをクローズアップしたり。
手記だけではなく、門人や縁者たちの手紙が挿入される。
これは明らかに読者を意識している。
ただ単に調べ上げた事実を、分類し並べるのではなく、読ませるため物語としての再構成と演出が施されている。
解説によると文曉には他にも、蕉門の「凡兆日記」「次郎兵衛日記」などというのも書いたらしい。
恐らく文曉という人は、熱狂的な芭蕉マニアだったのだろう。
そして、正岡子規はこの「花屋日記」を読んで感激の涙を落とし、芥川龍之介はこれを下敷きに「枯野抄」を書いた。
解説では、記述の矛盾や門人の手記が書き分けられていないことなども指摘されているが、物語として読ませる魅力があることは否定できないと思う。


参考までに、松尾芭蕉、宝井其角、各務支考、八十村路通、また「花屋日記」を記したとされている、支考、広瀬惟然、向井去来、そして作者である文曉の生没年を並べてみると以下のようになる。
 松尾芭蕉(1644〜1694)
 宝井其角(1661〜1707)
 各務支考(1665〜1731)
 八十村路通(1649〜1738)
 広瀬惟然(1648〜1711)
 向井去来(1651〜1704)
 藁井文曉(1735〜1816)
(他にも次郎兵衛、磯田昌房が記したことになっているが生没年が不明。図書館に行けば判るのかもしれない)


花屋日記 (岩波文庫 黄 246-1)

花屋日記 (岩波文庫 黄 246-1)