偶々、図書館で目に留まったので借りてみた。
幸田文は幸田露伴の娘であり、墨田区向島に生まれ、中央区新川に嫁ぎ、その後、一時、台東区柳橋に身を寄せていたとのこと。
この本は、そんな幸田文の作品から、隅田川を中心に、水辺の風景に関わるものを集めたアンソロジーのようだ。
その筆致は軽やかで、こざっぱりとし、凛とした雰囲気があるように思った。
描かれている隅田川は河岸がコンクリートで固められる前の明治の頃の姿であり、岩淵水門が作られる前の荒ぶる河としての姿だ。
向島は永井荷風の作品でも描かれているように、度々、水害に見舞われた地である。
幸田文は自身も目の当たりにし、登場する先達の話にも、隅田川は荒ぶる河として描かれる。
だが、そこには怖れしかないのかというとそうではなく、船頭達が廃業を余儀なくされ、汚れてしまった姿を嘆き、愛惜限りない想いが込められている。
私の記憶の中でも、1970年代の頃の隅田川は、電車の窓を閉めていても、鉄橋を渡り始めると異臭が漂っていたように憶えている。
だが、それでも隅田川を見ると、何だか懐かしいような安心するような心持になるのだ。
だから、幸田文が様々に隅田川のことを、向島、新川、柳橋のこと、そしてそこに暮らしていた人々のことを書く、その心情は何だか解るような気がする。
好んで海の近くに住みたがる人々がいるように、好んで川の近くに住みたがる人々がいると思っている。
少なくとも自分がそうだ。
そして、幸田文もそうだったに違いないと思う。
だからどうという事でもないのだけれど、そんなことを思い出したりしたのだった。

- 作者: 幸田文,金井景子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2001/01
- メディア: 文庫
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