今となっては、元長野県知事の田中康夫氏の小説である。
確か中学生か高校生の頃に読んだのだけれど、どんな感想を持ったのか全く覚えていない。
田中氏について何か語れるほど、その業績を知っているわけではない。
図書館で偶々見かけて、ちょっと懐かしかったので借りてみた。
見開き右ページが小説で、左ページが注釈である。
舞台は1980年6月らしい。
敢えて注釈を読まずに、小説だけ読んでみる。
女性一人称で書かれた物語は、やはりというか、当然ながら、男性が考えるステレオタイプ的な女性像でしかない。
固有名詞がずらずら列挙されていくが、それらもステレオタイプ的だ。
更には、日本だとか世代だとかアイデンティティだとかを語ってしまう。
ここに、奇なるものは何一つなく、作者が想像する、どちらかといえば保守的な主張を持った、平凡な生活が描かれている。
注釈に籠められている(と思われる)若かりし田中氏の少し斜に構えたスタンスと、固有名詞の意味するところを外してみると、そこには事件も幻想も虚無もなく、のっぺりとした日本のどこでも見られそうな生活が表れているように思った。
1980年というと既に30年以上前だ。
70年代後半の石油ショック以降、80年代後半のバブル以前というキーワードで示せるだろうか。
それまでの、努力すれば報われる的な価値観が失速していく先に、そこには波乱万丈の無い、のっぺりとした日常しかない、ということに、田中氏は気づき始めていたのかもしれないし、気づかずに描き出してしまったのかもしれない。
この本を、現在読む価値は、虚無ですらない、日常の意味のなさを(無意識に?)描き出しているところだろうと思った。
- 作者: 田中康夫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1985/12
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もう手元に無いので、新刊だったか古本だったか定かではない。