昭和天皇について何を言うのも難しい。
何か言葉を発すると、何らかの政治的立場を表明してしまうか、叙情的な人物評に陥ってしまう罠があるのと、話題の核心の周りには厚い雲が何層にも取り囲んでいて、端的に語ることは難しいと感じている。
何がしか言いたい話題でもなく、失礼ながら、敬して遠ざけたいという話のひとつである。
ある日、酔っ払った帰りに立ち寄ったブック◯フでこの本を見つけ、買うかどうか迷った挙句、別の日に買いに行ってしまった。
冒頭に前置いたように、感想を言いづらい本であるにも関わらず、やはり読んでみる気になったのは、何が語られているのかという興味と、分厚い雲が幾らかでも薄れてはいないかという期待なのだと思う。
この本は、昭和天皇の侍従たちの一人が書き起こしたものであり、合わせてその娘さんがエッセイを収めている。
回想されている昭和二十年までの宮中や政府の様子にも、発言から透けて見える人物像にも、あまり興味はない。
では何を読んだのかと言うと、昭和初期の世界情勢の中での日本の立ち位置と、昭和天皇をはじめとする皇族たちと政治家たちの微妙な力関係である。
前者から言うと、昭和初期の世界における日本はまだまだ発展途上国であり、列強に追いつこうと行き急いでおり、差別されている対象であったことが伺える。
国際連盟へ人種差別撤廃の提案をしたのは、何らかの崇高な人権意識に基づいてのアクションではなく、自らの立場を認めさせるためだったように読んだ。
世界へ打って出るための軍拡路線を歩んでいたように教えられたように記憶しているが、その実、国内鉱工業生産も植民地経営も、かなり苦しい状況であったことが昭和天皇の発言から透けて見える。
そしてまた第一次世界大戦の敗戦で泥水をすするような状況にあったドイツもまた、一発逆転を狙っていたようだ。
18世紀以降、世界各国は王政から共和制や立憲君主制へ移行する中で、日本も形だけでも取り入れて追いつこうとしているが、その実は、幕藩体制からの二重構造が続いていることも、また透けて見える。
江戸時代までの幕藩体制の幾重にも畳み込まれた権力構造の最上位層は、建前としての征夷大将軍の地位であり、それが徳川家から薩長勢に代わっただけで権力構造は変わらず、名目だけの立憲君主制になったのではないだろうか。
政治家、軍人たちの結託のうえで上奏する内容と、皇族を代表する昭和天皇の立憲君主制の王たる責任を全うしようとする姿が、現代の企業物のドラマにでもありそうな権力闘争の相似形にも見えてくる。
根回しと合意と排除の権力争いは、昔から現代まで、そして町内会から御前会議まで、普遍的なありようなのではないかと思った。
世代論や民族論みたいな、何もかもを一括りで語ることに意味はないと思うけれど、どうにも似た構図が透けて見えるような気がする。
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