気になってた本。
買おうかどうしようかと悩んでいたが、図書館に有ったので借りてみた。
サブカルチャーを代表する雑誌として、「話の特集」「面白半分」「宝島」を対比に「ビックリハウス」における、政治、女性、マイノリティ、差別といった社会意識を探り出す。
ビックリハウスの全号をテキスト化し、アプリケーションでキーワードを抽出し、統計的手法で分析している。
あまり社会学の本を読んだことがないので、ちょっと珍しいと思ったけれど、頻出する言葉を数量として解析すること自体は客観的ではあるだろう。
4誌を比較することで、ビックリハウスの編集部、および読者(投稿者)の特徴を描いてゆくのだが、当時、一読者であった自分の視点で疑問に思う細かい点もありつつ、概ね正確に捉えていると思った。
マスとしての読者と、個人的体験としての読者の間には、どうしても差があるのだけれど、それこそがビックリハウスの読者たちの姿かもしれない。
また、この本はビックリハウスを、より正確に言うなら編集部と読者のコミュニティを解析することで、60's以降の日本社会を語るうえでの世代論への疑義を呈している。
学生運動、市民活動、労働争議といった従来の政治的活動の縮小を、政治意識の沸騰から衰退への推移ととらえるのではなく、あり様の変化、むしろ根底にある自由理念の徹底として捉えているのは面白い。
個人的体験としての読者としては、内輪ウケだとか、徹底しないパロディと表現されている部分はちょっと違和感を覚えた。
当時はオタクと言う言葉も無いし、現在の目からするとお笑いのレベルも違うだろうけれど、閉じたコミュニティでの感覚の先鋭化を連想させる内輪ウケというものとは異なるように思う。
むしろ、この本でも繰り返される、従来の啓蒙主義的で教条的なコミュニティのあり様から逸脱すること、アンチではなくずらすこと、それはニューアカデミズムとか、新人類とか言われた当時の若者の方法論の一つではなかったかと思う。
しかし、その違和感も外側からの視線と内側からの視線の違いから生じているとも思う。
読んでいた当時は中学生だったが、数少ない社会へ繋がる経路であり、家でも学校でもなく、ラジオでもテレビでも触れられない世界が、そこにはあったことを懐かしく思い出している。
