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雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

天才柳沢教授の生活 第34話、第35話「希望行きのバス」/山下和美

恐らく20年ぐらい連載しているのだろうか。
その中でも、この話は初期の方に登場する。
かなり重たく、そして残酷な話だ。
あらすじを以下に記す。
読みたくない人は飛ばしていただいた方が良い。
ここからがあらすじである。
友人を訪ねて老人ホームに訪れた柳沢教授は、元はこの辺りの大地主だと自称する勘兵衛さんという老人に話しかけられる。
勘兵衛さんはどうやら耄碌してきている。
卒なく教授が会話を続けていくうちに、終バス後に秘密のどこでも行けるバスが来ると、勘兵衛さんに打明けられる。
そんな非現実的な打明け話に、老耄の兆候を認め、教授は返答に戸惑う。
久しぶりに会ったらしい友人は、孤独から逃れるために老人ホームに来たのに、孤独を深めていると言って泣く。
その帰り、終バスを逃した教授の前に、車庫に戻る回送のバスが来る。
勘兵衛さんはこのバスのことを言っていたのだ。
教授と勘兵衛さんはバスに乗り込み、もうすぐ定年だという運転手と共に出発する。
ハイテンションな勘兵衛さんは窓の外の暗闇に、在りし日の幻を見ている。
ヘッドライトに浮かんでは消えてゆく「ともしびゾーン」の標識は、もうすぐ燃え尽きる老人に気をつけろという、悪意が籠められていると運転手は言う。
運転手も教授も勘兵衛さんも、あまり年は違わないようだ。
世間から気遣われていくうちに、老人は老人にさせられるのだと運転手は言う。
いっそ勘兵衛さんのように夢を見ていたほうが楽だよ、何かを持てるものなど一掴みの人間で、持たざる者の気持など判るまい、と教授は問い詰められる。
やがて、駅に着き教授は降りるが、勘兵衛さんを乗せたバスはまだ走り続ける。
後日、教授は友人を再訪するが、勘兵衛さんには二度と会わなかった。
ここまでがあらすじである。
上手く伝え切れていない様な気がするが、この話で描かれる、老いと孤独と闇がとても恐ろしい。
しかも、「希望行きのバス」とは、何とも皮肉なタイトルだ。
この話では、理性の代表者たらんとする柳沢教授は、明らかに敗北している。
老耄の闇に取り込まれてしまった勘兵衛さんと、その世界へと誘う運転手は、早すぎた訪問者に過ぎないようだ。
遅かれ早かれ老いは訪れる。
それを理性で否定しようとする柳沢教授に勝ち目などない。
だから、この話は教授が理性的で、いつもの教授であろうとすればするほどに、惨めで残酷な敗北を際立たせている。
天才柳沢教授の生活」の中でも、特筆すべきエピソードのひとつだと思う。


文庫版第2巻に収録されている。