雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

東京

江戸を歩く/田中優子、石山貴美子

この本も図書館で借りてみた。 何となく旅の本が読みたいと思った。 壮大な旅行記ではなく、小旅行のエッセイみたいなものが読みたいと思った。 この本は東京に残る江戸の痕跡をめぐるエッセイである。 写真も美しいが、江戸文化への切り込み方が鋭いと思っ…

雀の手帖/幸田文

久しぶりに読み返してみた。 以前読んだ時も思ったけれど、幸田文の文章は昔の東京のしゃべり言葉に近い感じがする。 親の世代というより、祖父母の世代の言葉のようだ。 中盤で後の平成天皇のご成婚の話題が出てくるので、1959年に初出の文章なのだと分かる…

コンニャク屋漂流記/星野博美

星野博美を知ったのは、このブログをはてなに引っ越した頃に見ていた、とあるブログだったと思う。 そのブログがどこだったかもう覚えていないが、おそらく同年代だろうと思われるブロガーが、星野博美にシンパシーを寄せていたのを覚えている。 かれこれ10…

台所のおと/幸田文

幸田文の短編小説集である。 随筆での語りが小説世界では制約になって、どの登場人物も作者の分身となってしまうのではないか、という漠とした不安のようなものがあったのだが、それは杞憂だった。 表題作の「台所のおと」に描かれる料理人を始め、様々な人…

湾岸道路/片岡義男

とても奇妙な物語だ。 主人公は美人だが金銭感覚の無い妻と、スポーツジムのインストラクターでカッコイイ事が判断基準の夫、という組み合わせだ。 まず目につくのは、二人共、会話が恐ろしく短い。 ほとんど単語で会話をして、自分語りなどしない。 だが、…

高円寺純情商店街/ねじめ正一

この本のまた図書館で借りた。 ねじめ正一が現代詩の詩人であることと、松浦寿輝が詩人であったことは、少し違う気がする。 二人とも1980年代の頃に散文詩作品があり、当時は読んでいた。 私自身は松浦寿輝の方が好みだったが、この作品を読むと、ねじめ正一…

空襲下の日本/海野十三

以前、文体が似ていると診断されたことがある海野十三を読んでみる。 戦争中の日本の人々の姿を描いている。 市街地の空襲が、まるで見てきたかのように書かれているが、この作品が発表されたのは、昭和8年である。 どこかで見聞きした情報を、東京の上に展…

TOKYO NOBODY/中野正貴

いつも見ていない本棚の端にあったので、引っ張り出して眺める。 誰も写っていない東京の街の写真集。 銀座、渋谷、新宿、池袋、青山、お台場、芝浦、どこにも人がいない。 普段は人が溢れかえっている繁華街に、人がいないということの違和感。 たぶんそれ…

YASUJI東京/杉浦日向子

この本は、杉浦日向子にしては珍しいエッセイ漫画である。 YASUJIとは明治初頭の浮世絵師の井上安治のことだ。 たまに小林清親は見かけることがあっても、その弟子の井上安治はあまり見かけない。 井上安治の描く東京は、あっけなくて、画者の存在が見えない…

日和下駄/永井荷風

本を読むペースが落ちているのは、寝不足が続いているからだ。 寝不足なのは、残業が続いているからだ。 この本はあまりにも有名だから、内容を改めて解説することもないだろう。 読みながら思ったのは、荷風は何を見ていたのかということだ。 現在から過去…

東京焼盡/内田百けん

この本は、内田百けんによる、昭和19年11月1日から昭和20年8月21日までの日記だ。 改めて読み返してみると、簡潔な文章ながら、とても生々しい。 東京の街の上空に、アメリカの爆撃機が飛来し、焼夷弾を落としてゆく。 あちらこちらから、爆撃音と火の手が上…

新編 東京繁昌記/木村荘八、尾崎秀樹編

何となく図書館で借りてみた。 筆者は永井荷風の「墨東綺譚」の挿絵で有名だそうだ。 綴られるのは、明治から昭和30年辺りの東京への回想なのだが、正直なところ、生まれていない頃の話なのでいまひとつ実感が湧かない。 河岸がコンクリートで固められる前の…

佃に渡しがあった/尾崎一郎、ジョルダン・サンド、森まゆみ

かつて佃島へは渡しに乗って行ったのだそうだ。 私が生まれる数年前に、その渡しは廃止になったらしい。 佃島という場所は、もともと漁師町であった。 その漁師町としての景色が、尾崎一郎氏の写真によって収められている。 東京のほぼ中心に位置しながら、…

銀座24の物語/銀座百点編

学生の頃に友人たちとした話に、 「東京と言ったらどこを思い浮かべるか?」 というのがある。 横浜方面の友人は渋谷と答え、多摩方面の友人は新宿、埼玉方面の友人は池袋と答えていた。 北関東から東北出身だったら上野や浅草とでも答えただろうか。 自分の…

回転どあ・東京と大阪と/幸田文

図書館で何となく借りてみた。 例えばこういった随筆を読んでいると、作者の生活がふっと見えるような気がする時がある。 そのイメージが合っているのか判らないが、自分の中の過去の映像と重なるように見える。 そこには作者の生活や思いが入っているからだ…

此処彼処/川上弘美

図書館で借りてみた。 川上弘美氏はこれで三冊目ぐらいだろうか。(めんどくさいから数えない) 場所をめぐるエッセイである。 この本もまた、さらりと読み流せる。 自分の場所なるもの、それについて書くのかと思いきや、するすると別の方向に滑り出してい…

新編 綴方教室/豊田正子

本屋で立ち読みして、鶏を絞める件を読んで、ちょっとだけ気になったので図書館で借りてみた。 豊田正子氏の「綴方」の授業の成果を本にまとめたもののようだ。 拙い文章だったのが、みるみる長さが伸びて行き、表現が豊かになってゆく。 事実の羅列だったと…

最暗黒の東京/松原岩五郎

ちょっと気になっていたので図書館で借りてみた。 明治時代の東京の貧民窟、つまりスラム街に入り込んでルポルタージュした本である。 当時の三大貧民窟が、下谷万年町(今の上野駅から鶯谷に向かった東側の一角)、四ツ谷鮫ヶ橋(信濃町と四ツ谷の間、赤坂…

背景の記憶/吉本隆明

ふと、吉本隆明氏の歯切れの良い文章に触れたくなる。 この本は、吉本氏が過去について触れた、雑多な文章を集めている。 あとがきによると、担当者の小川哲生氏の編集力も素晴らしいようだ。 吉本氏自身でも語っているように、ある種の自伝のようでもあり、…

硝子障子のシルエット 葉篇小説集/島尾敏雄

めっきり涙もろくなったものだと思う。 この本は、島尾氏が東京都江戸川区小岩に住んでいた頃の、家族の思い出を中心にした短篇が収められている。 島尾氏の特徴でもある、現実と幻想の境界の薄明を記述するような文体は控えられ、些細な日常が愛おしく、ま…

東京飄然/町田康、鬼海弘雄

町田康氏は、確か「夫婦茶碗」を読んだのだけれど、ピンと来なかったと思う。 だが今回読んでみようと思ったのは、鬼海弘雄氏の写真が併せて収められていたからというのもある。 また、東京をぶらぶらと彷徨うような内容に思えたので、図書館で借りてみるこ…

埋れ木/吉田健一

店頭で見つけ、2,3ヶ月悩んで、買ってしまった。 ちくま文庫での再刊といい、吉田健一に再び、光が当たり始めたのだろうか。 ともあれ、読んでみたのだけれど。 この本は、生前の最後の著作であるらしい。 物語の粗筋は、いつもながら、書いても意味がないの…

私の銀座

「銀座百点」というミニコミ誌がある。 銀座の店に行くと、レジの横にちょっと置いてあったりする。 値段が書いてあった記憶があるので、フリーペーパーではないと思う。 この本は、そこに掲載された各界著名人のエッセイを集めたものだ。 一人あたり数ペー…

東京の島/斎藤潤

たしか記憶では、東京都の小学校の社会科の授業は、3年生で区、4年生で都、5年生で日本、6年生で世界を習ったのだと思う。 なので、東京都の島嶼部を知ったのは、恐らく小学校4年生の頃だったのではなかろうか。 叔父さんから貰った道路地図では、伊豆七島ぐ…

ふるさと隅田川/幸田文

偶々、図書館で目に留まったので借りてみた。 幸田文は幸田露伴の娘であり、墨田区向島に生まれ、中央区新川に嫁ぎ、その後、一時、台東区柳橋に身を寄せていたとのこと。 この本は、そんな幸田文の作品から、隅田川を中心に、水辺の風景に関わるものを集め…

ぼくの伯父さんの東京案内/沼田元氣

沼田元氣を知ったのは、中学生の頃に読んでいた「ビックリハウス」だった。 盆栽の着ぐるみで、擬古調な文章と盆栽アートを繰り広げていた気がする。 その後、世間はバブルに浮かれて、沼田元氣は見かけなくなった。 そして、挟まっていたレシートを見ると、…

東京の昔/吉田健一

主人公が本郷信楽町に住んでいた頃の思い出話を語り出すかのように物語が始まる。 そこには、昔の東京(おそらく昭和初期)の姿が描かれる。 例えば、本郷を走る路面電車、神楽坂の待屋、銀座の掘割、山王の桜といった風景が現れる。 しかし、回想で語られる…

うまやはし日記/吉岡実

何処となく騒然といていて腰の落ち着け処がないような日々が続いている。 それまで“ありふれた”とか“変わらない”と思っていた日常というものが脆くて儚いものだったことに改めて気づき、その“変わらない”ことの在り難さを噛みしめる。 この本は詩人である吉…

東京レクイエム/猪瀬直樹、北島敬三

昭和天皇が崩御し、平成に切り替わったのはもう二昔前の出来事だ。 猪瀬直樹氏はそこに歴史の裂け目が現れたという。 この本はその辺りの日本の姿を記録しようとする。 マスメディアは自粛というキーワードを濫用し、社会的な雰囲気を盛り上げた。 自民党政…

ハイスクール1968/四方田犬彦

この本もまた図書館で借りた本である。 1968年という年がどういう年であったのか、それはその時を生きた人間が語るべき事柄であり、そこに居なかった人間が何をか語っても、行ったことのない土地の旅行記のようなものではないだろうか。 著者は1968年には高…