雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

スタンフォード式 最高の睡眠/西野精治

気になったので図書館で借りてみた。

睡眠の重要性について、実際のところ分かっていなかったのだと思わざるを得ない。

今にして思えば、夢を見ない時期が続いたのは質の低い眠りによって十分なノンレム睡眠だったのだ。

黄金の90分は忘れないようにしよう。

 

豆くう人々/長谷川清美

気になったので、図書館で借りてみた。

世界中の豆料理を取材している。

巻末の方のリストを見ると本になっているのはその一部という事にも驚く。

中南米、アフリカ、中東、東欧と、料理として、メジャーでない国や地域も多く含まれていて、人々の日常食としての豆料理がとても面白い。

写真がモノクロなのが残念である。

 

霊長類ヒト科動物図鑑/向田邦子

何となく図書館で借りてみた。

物語を読む気が起きなくて、随筆のようなものばかり手に取ってしまう。

そういえばと思ってプロフィールを確認したら、1929年生、1981年没、亡父とほぼ同い年、そして没年を追い越してしまっていた。

死者は歳を取らない。

久しぶりに読んでみると、良く言えば懐かしく、悪く言えば古臭い、と思った。

それは良し悪しの問題ではなく、その人が生きた時代を良く捉えているという事なのだと思う。

全然違うのだが、幸田文の随筆にも似たものがあって、自分の子供の頃は当たり前だと思っていたものが今になっては奇妙な感じがするけれど、だがそれも一つの事実として存在したことを文字に留めているという文章なのだと思う。

いずれ忘れ去られてしまい、誰も気に留めなくなり、年表の中の一行になってしまうだろうけれど、その時代に生きた人間には読み取ることができる雰囲気のようなものなのだが、それは私的な好みの範疇なのであり、分からない人には分からない類の事だから、恐らく同年代の読者にだって分からないかもしれない。

枕草子徒然草のような数百年後も残る古典かというとそんなことはないと思うのだが、こういった随筆を面白がる人間というのは消えはしないことを秘かに願っている。

 

 

 

 

おひとりさまの老後/上野千鶴子

この本もまた図書館で借りた。

おひとりさまのとは言いつつ、老後生活におけるノウハウ本である。

以前読んだ上野千鶴子氏の本は記号論をベースに世間風俗に切り込むような論調だったが、そういった気配はない。

闇を讃えて/ホルヘ・ルイス・ボルヘス

ボルヘスの「七つの夜」の中で、「陰影礼賛」という本を書いた、という話があって、いったい何の事だろうと思ったが、購入予定本のリストにあったこの本の事だと気がついた。

何年か前に本屋で見かけたものの、買うタイミングを逃してそれっきりになっていたのだが、これも何かのタイミングかとネット書店で探したものの、既に絶版となってしまったようだった。

しかし運よく、古本での購入ができ、ようやく手に入れることができた。

これは、ボルヘスの5冊目の詩集とのこと。

ボルヘスの詩集は「創造者」ぐらいしか知らなかったので、これが2冊目である。(「創造者」は図書刊行会の世界幻想文学大系の15巻目として手に入れたが、今は岩波文庫で手に入る。)

詩が何であるかについて、たぶん答えは見つからないのだけれど、ボルヘスの詩は短編小説と源流を同じくする幻想的なイメージと、もう一つは個人的な思い出にあるような気がした。

原語でなければ分からない言葉の響きは失われてしまうが、言葉で組み立てられたイメージは何とかわかる気がする。

 

 

七つの夜/ホルヘ・ルイス・ボルヘス

久しぶりにボルヘスを読み返す。

テーマは「神曲」「悪夢」「千一夜物語」「仏教」「詩について」「カバラ」「盲目について」

1977年ブエノスアイレスのコリセオ劇場での講演である。

恐らく78歳、自分の周りの年上の方々と比べてしまうが、ずっと瑞々しい感じがする。

歳を重ねるのも悪くはない、と思えるような本である。

 

スティル・ライフ/池澤夏樹

久しぶりに何となく読み返す。

芥川賞を受賞した時は大学生の頃で、当時の友人から薦められて読んだ。

当時、読んでどう思ったのか覚えていない。

だが、単行本は今でも本棚に眠っているだろう。

表題作「スティル・ライフ」と「ヤー・チャイカ」の2編が収められている。

物語の粗筋について語っても意味が無いので書かないが、両方とも男二人の織り成す物語だ。

スティル・ライフ」は主人公ととあるきっかけで知り合った年上の友人の奇妙な仕事の手伝いと、世界の見え方についての推察である。

「ヤー・チャイカ」も主人公ととあるきっかけで知り合ったロシア人からの、奇妙な仕事の勧誘と世界の喪失についての推察であり、そこに主人公の娘の空想が挿入される。

どちらも主人公の内面にも、主人公を取り巻く世界にも、劇的な物語は展開しない。

それは主人公のスノビズムとして捉えることもできると思う。

この本を薦めた友人は、反時代性を標榜し、浮かれていた学生生活をどこか鼻でせせら笑うような態度だったと記憶している。

そう書くと、とても嫌な奴のように見えるかもしれないが、知的で話も上手く、女性にも人気があるという、ちょっと変わった奴というぐらいだ。

互いにお前は変わってるよというのが、自分も含めた友人同士の評価なので、あてにはならない。

本を薦めた彼も、薦められた他の友人も、スノビズムを軸に評価していたと思うが、改めて読んでみると、そうでは無いような気がした。

というのは、主人公が遭遇する年上の友人の奇妙な仕事も、ロシア人から勧誘される奇妙な仕事も、不穏な内容であり、主人公の人生を左右しかねない誘惑で、それに対して主人公の心は揺れ動くのだが、一方で到達しえない何かに遮られている。

主人公たちにとって到達しえない世界が、既に自明なものとして立ち現れているので、物語は展開しようがない。

冒頭での主人公の独白に寄せた作者のつぶやき、本の最後に主人公の娘の空想に寄せた作者のイメージが、主人公たちが到達しえない世界の姿であり、物語を押しとどめてしまうイメージなのではないだろうか。