雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

翔んで埼玉/魔夜峰央

家に置いてあったので、読んでみた。

まぁ、らしいっちゃあらしいマンガである。

ギャグマンガの感想など書くものじゃない。

 

このマンガがすごい! comics 翔んで埼玉 (Konomanga ga Sugoi!COMICS)
 

 

ひとり暮らし/谷川俊太郎

久しぶりに谷川俊太郎を読み返してみる。

詩人としてというより、理想的な老後の生活を送っている先輩として、という感じがしている。

変化し続ける世界と、老いていく自分との関係は、難問だという気もするし、大したことではない気もする。

だが、確実なのはそれは平日に交流している人たちからは答えは得られない。

先達の本を読み、家から出て話を聞きに行く必要があるのだろう。

この本にまとめられている谷川俊太郎の日常は何でも無いようでいて、ちょっと老人らしい心の動きも垣間見える。

ひとり暮らし (新潮文庫)

ひとり暮らし (新潮文庫)

 

 

日本の面影/ラフカディオ・ハーン

久しぶりに、ラフカディオ・ハーンを読む。

この本はハーンの日本賛美の本である。

そうでない読み方ができないぐらい、日本を持ち上げているので、読んでいる方が気恥ずかしくなるくらいだ。

それにしても、いつから日本賛美のTVが、こんなに溢れているのだろう。

ちょっと前には、自虐的な日本再発見番組があったことが関係しているのだろうか。

日本というラベルを自分というラベルと重ね合わせ、承認要求とナルシズム、自信の無さの裏返し、誰かに認めてほしいと願っているのは、誰なのか、そして何故なんだろうか。

日本人がする日本賛美の言説にかすかに漂う気持ちの悪さは、錯覚ではないと思っている。

何かを隠して、何かから目をそらすような素振りが、そこにはあるような気がする。

だが、ラフカディオ・ハーンは、日本に何を見ていたのだろうか。

そこにあるのは、日本の幻に過ぎないのではないだろうか。

 

新編 日本の面影 (角川ソフィア文庫)

新編 日本の面影 (角川ソフィア文庫)

 

 

再婚者・弓浦市/川端康成

表題作の「弓浦市」は、主人公の小説家のもとに、見知らぬ女性が訪れ、かつての弓浦市での思い出語りをする、という短篇である。

女性に見覚えもないうえ、弓浦市などという地名は存在しない、というなんとも薄気味の悪い話である。

この本に収められている短篇はどれも何だか薄気味が悪く、じめじめとした話ばかりだと思った。

明らかな幽霊譚である「無言」も、亡くした夫の思い出語りである「水月」も、どうにも湿った話だ。

だが、感傷的なのではなく、そこには虚無感が漂っている

川端康成という作家は、読者をいったいどこへ連れて行こうとしているのかよく分からない。

手を引かれて歩き始めたのに、急に振り切られたかのような、夢と現のあわいに突き落とされる。

 

 

再婚者;弓浦市 (講談社文芸文庫)

再婚者;弓浦市 (講談社文芸文庫)

 

 

おつまみ一行レシピ/やまはたのりこ

実はまだ読んでいない。

店頭で買おうか買うまいか、しばらく悩んで買わずに帰った。

しかし、これは買うと思う。

短歌のような1行にレシピがまとめられており、写真も良く、記憶に残った。

 

おつまみ一行レシピ ~きき酒師がつくる酒の肴136品~ (マイナビ文庫)

おつまみ一行レシピ ~きき酒師がつくる酒の肴136品~ (マイナビ文庫)

 

  

オホーツクの古代史/菊池俊彦

北には何かしら魅かれるものがあるようだ。

北海道から連なる千島列島、カムチャッカ半島樺太アリューシャン列島、オホーツク海を、子供の頃、地図で眺めていた。

やがて、アルセーニエフの「デルス・ウザーラ」を読み、そこに登場するシベリアの少数民族、また、栗本慎一郎の経済人類学に登場するエスキモーのエピソードなどに触れ、北の世界に住む人々への興味がわいた。

この本ではまず、中国の史書に登場する流鬼国、夜叉国がどこにあったのかという考察を進めていく。

サハリン説、カムチャッカ半島説それぞれに対して、論拠を辿りながら考察を進める筆致はいささかスリリングだ。

そして、そこから環オホーツク海文化圏の姿が見えてくる。

北海道はその南端に過ぎず、アイヌ民族もその外側に位置する文化圏の姿は未知の世界であった。

まだまだ知らないことが沢山ある。 

 

新書491オホーツクの古代史 (平凡社新書)

新書491オホーツクの古代史 (平凡社新書)