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雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

電子書籍など

電子書籍端末を買おうかと悩んでいる。
選択肢は、


Kindle Paperwhite (第6世代) ―Wi-Fi

Kindle Paperwhite (第6世代) ―Wi-Fi

Kindle Paperwhiteか、


Kobo Aura。


自分の読書の傾向として、著作権保護期間の切れた近現代文学が多いので、今持っている本を処分できるのではないかと考えた。
夏目漱石とか、泉鏡花とか、最近は坂口安吾柳田國男も無料で読めてしまう。
たぶん、2020年頃には三島由紀夫まで、2040年頃には石川淳安部公房まで、著作権が切れるだろうけれど、むしろ自分の寿命の方を心配した方が良いかもしれない。
ともあれ、物理的に持っていたい本は、案外、数少ないかもしれない。
むしろ、中世から近世にかけての資料は、電子書籍化されないのは何故だろうか。
江戸時代の黄表紙や、中世の絵巻を、雑誌やコミック感覚で流通させて欲しい。
さすがに北斎や英泉の春画、枕絵を流すわけには行かないだろうが、「東海道中膝栗毛」の果てしない下らなさを岩波の黄本に閉じ込めておくのはもったいない。
宮武外骨あたりは国会図書館のアーカイブからPDFに落とせるようなので、それも電子書籍端末で見たい。
どうにも今の電子書籍や端末の状況を見ていると、痒いところに手が届かない。
商売としての理が優って、比較的マイナーなニーズが拾えていない気がする。
新潮日本古典集成あたりが全巻無料公開してくれないだろうか。(まず無理)
江戸の絵草子は図書刊行会あたりが公開だろうか。(きっと無理)
そんなこんなを考えて、結局は買わないでいる。
そもそもあまりいないと思うけれど、このブログを読む人にとっては、本当にどうでもいいことを書いてみた。