アンソニー・バージェスの小説、というよりは、スタンリー・キューブリックの映画、の方が有名かもしれない。
「時計仕掛けのオレンジ」とは、この物語中に出てくる本(原稿)の名前でもある。
読み返してみると、少年犯罪を題材にしているという共通点で、J・G・バラードの「殺す」、アドルフォ・ビオイ=カサーレスの「豚の戦記」との比較を思い浮かべてしまう。
さてこの「時計仕掛けのオレンジ」の特徴は、主人公が犯罪の世界から、国家によって更正し(ルドビコ療法の実験台として更正させられ)、再び犯罪の世界へ戻って行く。
そこには、個人倫理・道徳としての悪と社会構造としての悪が対比されている。
個人としての悪は社会的な懲罰の対象となり、刑務所に服役し、そこでの2度目の殺人により、ルドビコ療法の実験台とさせられる。
だが、そのルドビコ法により道徳的判断力を剥奪させられるという社会権力の犠牲になり、社会復帰を果たすが社会に蔓延する悪に晒され、老人たちによる暴力やかつてのライバルに(しかも、警官という権力を身に纏った上で)暴力を受けることになる。
さらには、国家に反対する勢力に利用され自殺に追い込まれるが、結局、国家に祝福されながら以前の姿に戻る。
また、少年たちの暴力の犠牲者である老人たちは、必ずしも善の立場ではない。
図書館で暴力を振るい、ミルクバーでは少年たちに買収されて偽証する。
警察官や刑務所職員も暴力を振るうし、かつての被害者である作家は国家に抵抗するという大義の下に主人公を自殺へ仕向ける。
つまり、社会にいる人間にとって、暴力は根源的に止めることができない、という主張であろう。
それが悪なのかどうなのかではなく、人が他者と接する際のコミュニケーション手段として、暴力がそこには存在している。
悪を賛美している物語でもなく、それが真実かどうかでもなく、思考実験としてこの物語は存在しているのだろう。
そしてそれは不快な思考実験だと思うのだ。
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※こちらは完全版。カットされた最終章があるらしいが未読。
時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)
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