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雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

ロック・エンド/阿木譲

追憶 東京


東京の下町の外れの川沿いの小さな町の本屋。
だが中学生にとって本屋は、図書館では手に入らない最新の情報が溢れていて、主人の隙を見ながら立ち読みすること、あるいは小遣いを握り締めて、厳選を重ねた本を買うことで、ささやかな世界への扉を開こうとしていた。
その頃はFM雑誌の全盛期だったので、あれやこれやのオマケに釣られて、店頭で選択に迷ったり、あるいは音楽専科やロッキンオンといった音楽雑誌で気に入ったアーティストのインタビューが載っていないか、ざっとチェックをするのが本屋での過ごし方だ。
本当にありふれた町の本屋に、何故、ロックマガジンがあったのかは判らない。
しかし、何故か手にとって買ってしまった。
そして阿木譲を知った。
阿木譲の紹介するレコード(CDではない)は、聴くべきものに思えた。
紹介ではない。
挑発と言ったほうが良いかもしれない。
ブライアン・イーノロバート・フリップクラフトワーク、ノイ、カン、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ゴング、シド・バレット、アンテナ、ソフト・ヴァーディクト、エルビス・コステロポップ・グループ、リップ・リグ・アンド・パニック、トーキング・ヘッズ、DNA、ロバート・ワイアット、EP−4、ア・サーテイン・レイシオ、XTC…
中学生の行動範囲と財力では、手に入ったレコードは少なかった。
しばらく大事に持っていたあのロックマガジンも、その後、別の本屋で見つけた阿木譲の「ロック・エンド」も、今はもう手元にない。
だが、今は無いあの小さな本屋で買ったロックマガジンが、その後、音楽にはまっていくきっかけだったのかもしれない。

ロック・エンド (1980年)

ロック・エンド (1980年)