雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

無能の人/つげ義春

何があったというわけでもないのだけれども、何だか無力感を感じてしまうのは、日常とどこかでうまく折り合っていないのかもしれない。
だからと言って、折り合ってしまえば良いのかというと、そうはしたくはないようだ。
前にだって後ろにだって進みたくはない。
いっそのこと、そこに居るのだけれど見えないようになってしまうのがいいかも知れない、と思う。
まるで石や水や空気のようになってみたいのかもしれない。
そんな気分でいたら、つげ義春の「無能の人」が読みたくなった。
主人公は、石を売ろうと思いつき、近所の多摩川で拾い集めた石を、その河原で売る。
どうやら、本業である(らしい)マンガを描こうともしない姿を、主人公の妻は「自分でダメなほうへ追い込んでいる」と嘆く。
そんな主人公を中心に、美石狂会、石のオークション、寂れた鳥屋と鳥師、寂れた鉱泉宿、無気力な古本屋、井上井月などのエピソードが続く。
登場人物たちの姿に共感しているとは思わないのだが、読み進めるうちに少し心が軽くなったような気がした。


無能の人

無能の人