雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

陰翳礼讃/谷崎潤一郎

もう何年前に読んだのか覚えていない。

高校の副読本に載っていたのは覚えている。

時折、表題の「陰翳礼讃」が引用されたり、引き合いに出されたりするのを見聞きするが、実際に読んでみるとどうなのかと思って読み返してみた。

高校生の頭ではピンと来なかったのだけれど、今の初老の頭ではアラばかりが目についてしまう。

本人の印象、感想から、日本や東洋の美意識を語ってしまうのは、乱暴すぎではないだろうか。

日本と言ってしまっても地域や時代で変わるだろうし、東洋と言ってしまっても日本と朝鮮と中国でさえ美意識に差があるのに、これもまた乱暴な話ではないだろうか。

論文ではなく、随筆なのだから、論理的思考ではないにしても、客観性に欠ける独りよがりな文章ではないかと思ってしまった。

そんな主観の印象で語られる随筆の良さは、「客ぎらい」「旅のいろいろ」「厠のいろいろ」では、笑えるぐらいに昇華されている。

「客ぎらい」での猫のしっぽの話や他の作家を田舎者と切り捨てるのは、むしろ清々しくさえ思える。

「旅のいろいろ」は本当に気に入っているところは教えないというケチくさい話だし、「厠のいろいろ」は体験に基づく糞尿譚を集めたもので、これまたくだらなくて面白い。

こういった随筆を客観性を持たせて書いたところで、全く面白くも可笑しくもないだろう。

なのでこの本は、日本文化評価の範を求めて有難がるものではなく、くだらなさの独走にを笑う本なのではないかと思う。

と、高校生の頃、ピンときてなかった自分に伝えてやりたい。