雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

金沢・酒宴/吉田健一

吉田健一吉田茂・元首相の長男で、英文学者、評論家、小説家であると共に、美食家としても知られる、といった情報は改めて言うことでもないので、もうやめておこう。


この本に収められた「金沢」という中篇を最初に読んだときは、まずその語り口の虜になった。
うねるように続き、現実とも幻想ともつかない世界を描いている。
会話は否定や肯定ではなく、反語的な疑問形が連なる。
登場人物たちがいくら出てこようと、同一の価値観の繰り返しに他ならない。
また同じ意味で、小説の舞台が「金沢」であろうと、どこであろうと構わないであろう。
良くも悪くも、吉田健一の小説は掴みどころがない。
例えば「金沢」と銘打ちながら、実際の金沢のどこのことだか良く判らない。
良く判らないというか、敢えて限定できないように消し去っているようだ。
この本に収録されているもう一編の「酒宴」にしても、銀座の呑み屋での話であるようだが、それは別に銀座でなくても良い話だ。
金沢も銀座も、物語の入り口としての名前でしかない。
そこからは一足飛びに、吉田健一の世界につながる。
そこに登場する人々は、作者の分身として、作者の考えを伝えるための媒体でしかない。
登場人物たちは会話をするが、そこにあるのは自問自答にも近い。
むしろ問いすらなく、答えを話すための前置き程度だろう。
その世界に酔えるのであれば、この小説を読むことは至福のひと時となるだろう。


金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)

金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)