とても奇妙な物語だ。
主人公は美人だが金銭感覚の無い妻と、スポーツジムのインストラクターでカッコイイ事が判断基準の夫、という組み合わせだ。
まず目につくのは、二人共、会話が恐ろしく短い。
ほとんど単語で会話をして、自分語りなどしない。
だが、互いに互いのことを讃えている。
夫は妻を美人だ、格好良いと言い、妻は夫を良いと言う。
しかし、それは理解し合っているのかどうか、良く判らない。
そもそも理解し合う必要があるのかも良く判らない。
妻の金銭感覚の無さも病的だが、夫の格好良さへのこだわりも病的ではあるのだが、では病的ではないこの夫婦の姿というのは想像がつかない。
妻の金銭感覚は補正されること無く、水商売に出かけ、やがて体を売ってお金を手に入れるようになる。
だが夫はそれをも容認、というか褒め称える。
そしてクライマックスで、夫は格好良いからと離婚を申し出る。
別れの日、湾岸道路まで妻をバイクの後ろに乗せて行き、独りで去ってしまう。
残された妻は、夫の行動をトレースするかのように、ボディビルを始め、夫の実家を訪れ、バイクに乗り、湾岸道路へ向かう。
この物語は何の物語なのか。
自分語りも、トリックも、観念も、幻想も無い。
記号と注釈に物語を籠めた田中康夫の「なんとなくクリスタル」を思い出したが、それとも違う。
ネットで感想をいくつか見てみるが、なんともしっくりこない。
そもそもこの小説の評価が低いのは、解らないからではないだろうか。
おそらく、時代的な文脈の中で理解し得るものが、文脈を失ってしまったのかもしれない。
だが、最後に延々と続く湾岸道路の描写は、夏の夕暮れに湾岸道路をバイクで走ったことのある人間なら、理解できるだろう。
そしてそれが、この物語の中心だったのだと解る。
- ジャンル: 本・雑誌・コミック > 小説・エッセイ > その他
- ショップ: 楽天Kobo電子書籍ストア
- 価格: 270円