雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

モーターサイクル・ダイアリーズ/エルネスト・チェ・ゲバラ

若き日のゲバラが、アルゼンチンからバイクで南米大陸を北上し、チリ、ペルー、コロンビア、ベネズエラへと至る旅の記録である。
バイクにアルベルト・グラナードと2ケツで出発するのだが、バイクは故障し、廃車に追い込まれ、やがてヒッチハイクで旅を続ける。
ここに登場する自分は、今の自分とは関係がないと、前置きをする。
それはどういうことだろうか。
ありふれた韜晦や、照れ隠しのようには思えない。
旅の前と後で、自分は変わったのだと言う。
だが、何が変わったのか、それを詳らかにもしてはいない。
ある意味、優雅に逃避で始めた旅が、やがて困窮に陥り、時には人をだますようなこともし、あるいは汎アメリカ主義的な演説を打ったり、物乞いをしたり、それでも旅を続けてゆく。
同行したアルベルトは、カラカスで安住したようだ。
ゲバラは、南米における貧困を眼にし、革命への意志を固めた、というのは、とある物語に過ぎない。
前置きでゲバラ自身が書いているように、そこには果てしない距離がある、ということは確かなようだ。
医学生としての日常から、旅という時間を経て、革命家として歩み始めたのは、時間的な系列に過ぎない。
文化人類学的あるいは、ユング派心理学的なキータームで言うなら、旅という時間がひとつの通過儀礼として、ゲバラの意識を変容させ、象徴的にも生まれ変わることができたということなのではないだろうか。
もちろんそのことが、この旅日記に明確に描き出されているのではない。
バイクは壊れ、ほとんど詐欺のような手口で人々にたかり、あるいは医学生であったことを有効に活用し、時には病に倒れながら旅を続けてゆく記録がこの本である。
だが、明確に語られないことの大きさや重さが、この本の魅力かもしれない。

モーターサイクル・ダイアリーズ (角川文庫)

モーターサイクル・ダイアリーズ (角川文庫)