表題作の「弓浦市」は、主人公の小説家のもとに、見知らぬ女性が訪れ、かつての弓浦市での思い出語りをする、という短篇である。
女性に見覚えもないうえ、弓浦市などという地名は存在しない、というなんとも薄気味の悪い話である。
この本に収められている短篇はどれも何だか薄気味が悪く、じめじめとした話ばかりだと思った。
明らかな幽霊譚である「無言」も、亡くした夫の思い出語りである「水月」も、どうにも湿った話だ。
だが、感傷的なのではなく、そこには虚無感が漂っている。
川端康成という作家は、読者をいったいどこへ連れて行こうとしているのかよく分からない。
手を引かれて歩き始めたのに、急に振り切られたかのような、夢と現のあわいに突き落とされる。