雨の日は本を読んでいたい

あの時の本を読み返したら、今はどう思うのだろう。いつか読み返すために、思いついたことを書いておこう。読みたい本が尽きなければ、雨の日だって、晴れの日だって、読みたい本だけ読んでいたい。

ミスター・ヴァーティゴ/ポール・オースター


喪失と悲哀

ポール・オースターの物語は喪失と悲哀に満ちている、と言ってみたところで、何も言っていないのに等しいと思う。

ミスター・ヴァーティゴ (新潮文庫)

ミスター・ヴァーティゴ (新潮文庫)


とは言え、この本も喪失と悲哀が主調音で、ふざけた回りくどい語り口や、残酷な描写や、独特のユーモアが、物語を彩っている。そういった小物に着目しても、物語の本質ではない。
主人公の喪失と悲哀を辿って行き、何らかのカタルシスが得られる、それがオースターの物語の魅力だと言ってみても、この本に関しては、カタルシスは得られないと思う。
最後の2ページぐらいがそれにあたるのかもしれない。でも、読みふけってしまうそれまでの物語からは浮いている。
とすれば、壮大な序文の付いたメッセージか、物語に無理やりつけたメッセージか?
(実はそう思ってはいない。ポール・オースターの本は大好きなのだ)