この本は、内田百けんによる、昭和19年11月1日から昭和20年8月21日までの日記だ。
改めて読み返してみると、簡潔な文章ながら、とても生々しい。
東京の街の上空に、アメリカの爆撃機が飛来し、焼夷弾を落としてゆく。
あちらこちらから、爆撃音と火の手が上がり、やがて街は炎と熱風が荒れ狂う。
焼け出されたぼろぼろの人々と、あちらこちらに転がる死体。
これはフィクションではなく、70年ほど前の東京で、現実にあったことなのだということに、改めて震撼する。
そして最近では、アメリカの爆撃を受けたイラクやアフガニスタンもまた、このような光景だったのだろうかと想像する。
むしろ、日本や朝鮮半島で蓄えた経験を、アメリカはベトナムに応用したのかもしれないと思う。
焼夷弾と戦火に怯えながらも、会社へ通う百鬼園先生の姿を、どう捉えればいいのか判らない。
下痢、浮腫、空腹に悩まされ、戦火の下を逃げまどい、とうとう5月25日の空襲では焼け出され、松木男爵邸の小屋に身を寄せることになる。
それでも大政翼賛会の解散に際して
文士が政治の残肴に鼻をすりつけて嗅ぎ廻つてゐる様な団体が無くなつて見つともない目ざはりが取れてせいせいした。
と書き放つあたりは流石だ。
軽妙洒脱な随筆とは異なり、戦争の重い質感のようなものが、この日記を覆っている。
それでも、文章は暗くはないように思う。
酒が旨いだの不味いだの、味噌を舐めると貧乏になるだの、百鬼園先生ならではの味は失われてはいない。
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